大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和60年(う)1337号 判決 1985年12月09日

控訴人 被告人

被告人 少年A

弁護人 田中富美子

検察官 左津前武

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人田中富美子作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官左津前武作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一点(不法に公訴を受理した旨の主張)について

論旨は、要するに、東京地方検察庁八王子支部は、東京家庭裁判所八王子支部から、原判示第一の窃盗の事実(以下「甲事件」という。)とともに佐藤岩雄所有の普通乗用自動車の窃盗の事実(以下「乙事件」という。)を刑事処分相当として送致されたにもかかわらず、後者の乙事件を不起訴とし、前者の甲事件のみを起訴したものであるが、家庭裁判所としては、甲、乙両事件については両者を併せて刑事処分相当として検察官に送致したもので、甲事件のみであつても刑事処分が相当であるか否かについては判断をしていないのであるから、検察官が乙事件について不起訴とする以上、右の点について改めて家庭裁判所の判断を経るべく、家庭裁判所に再送致すべきであり、そうでなければ、結局、検察官が起訴すべきか否かについて独占的に判断することとなるのであつて、甲事件のみについての右のような起訴は、少年法四五条五号但書前段の規定に反し、少年の刑事事件について少年法所定の手続きを経ないでなされた公訴の提起として、刑事訴訟法三三八条四号に従い、判決で公訴を棄却すべきであつたにもかかわらず、これをしなかつた原判決には、同法三七八条二号前段の不法に公訴を受理した違法がある旨主張するものである。

1  そこで検討するに、原審記録によると、被告人は、昭和四〇年一一月九日生れで、当時少年であるところ、自動車窃盗等の非行により同五九年一月二五日に東京家庭裁判所八王子支部において中等少年院送致の決定を受け、同年一〇月二六日多摩少年院を仮退院したものであるが、<1>原判示第一の普通乗用自動車(時価約四〇万円相当)の窃盗(甲事件)及び所論佐藤岩雄所有の普通乗用自動車(時価約六〇万円相当)の窃盗(乙事件)の各犯行について同六〇年四月一九日に、その後に犯した原判示第二の自動車のナンバープレートの窃盗及び原判示第三の普通乗用自動車の無免許運転の各犯行について同年六月三日に、それぞれ少年法二〇条により東京家庭裁判所八王子支部から東京地方検察庁八王子支部検察官に送致されたこと、<2>同支部検察官は、同月一二日に原判示第二、第三の各事実について、その後同年七月一六日に前記甲事件(原判示第一の事実)について、それぞれ東京地方裁判所八王子支部に公訴を提起し、乙事件については公訴を提起していないこと、<3>原審東京地方裁判所八王子支部は、右起訴にかかる各事実を併合して審理し、同年八月二三日被告人に対し懲役八月以上一年以下の有罪判決を言い渡したこと(なお、原審弁護人及び被告人は、甲事件の追起訴について特段の申立をすることなく、公訴事実はすべて認めている。)が認められる。

2  ところで、家庭裁判所が少年事件を検察官に送致するのは、当該事件が罪質、情状に照らし刑事処分を相当とする場合であるが(少年法二〇条)、その背後には、その少年の処遇についてはもはや保護処分は相当ではないとの判断があり、少年法四五条五号の規定の趣旨にかんがみ、同号但書の事由がない限り、当該事件の検察官送致を契機として、少年に対し刑事処分がなされることを当然のこととして予定しているものといえる。

従つて、家庭裁判所から送致を受けた事件の一部について右但書の事由があり、その余の事件のみではいわゆる起訴価値のないことが明白であるような特段の事情がある場合は格別、起訴された事件自体が起訴価値を有するものである場合には、受訴裁判所としては、当該起訴を、公訴提起の手続きがその規定に違反し無効であるとするいわれはないものというべきである(ちなみに、このような一部の事件についての起訴を受けた裁判所が、起訴された事件について、被告人を保護処分に付するのを相当と認めた場合には、少年法五五条の規定により、これを家庭裁判所に移送することができる。もつとも、本件被告人の場合のように、起訴後成人に達している場合には、この方法はとり得ないが、既に保護処分を受ける要件が失われているのであるから、このような措置をとることができないとしても不当とはいえない。)。

3  これを本件についてみるに、甲事件に限つてみても、現に家庭裁判所から検察官に送致されたものであり、その罪質・態様や被告人の非行歴等諸般の事情を考慮すると、それのみで起訴価値を有するものというべきであつて、検察官が、同時に送致された乙事件を起訴しなかつた点の当否はともかく、甲事件を起訴したこと自体が家庭裁判所のした検察官送致決定の趣旨に反するものではないことは明らかであり(その後原判示第二、第三の各事実についても、家庭裁判所から検察官に送致されていることも、その証左といえる。)、甲事件についての公訴の提起は、同法四五条五号本文に従つた適法なもので、同号但書、四二条の各規定に反する違法なものであるということはできない。

4  結局、原審が不法に公訴を受理したものである旨の所論は、前提において失当たるを免れず、採用の限りではない。

論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

論旨は、量刑不当の主張であるが、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに、本件は、原判示のとおり、被告人が、単独で普通乗用自動車一台(時価約四〇万円相当)を、原判示共犯者と共謀の上自動車のナンバープレート一枚をそれぞれ窃取したほか、無免許で普通乗用自動車を運転した、という事案である。被告人は、当時少年であつたものであるが、これまで少なからぬ非行歴があり、ことに、昭和五七年八月二〇日にはぐ犯により、また、同五九年一月二五日には毒物及び劇物取締法違反、窃盗、道路交通法違反の各非行によりいずれも中等少年院に送致されて収容教育を受け、同年一〇月二六日に多摩少年院を仮退院したものであるにもかかわらず、その後しばらくは木工所で工員として稼働していたものの、再び非行に走り、本件各犯行に及んだものであり、原判示第一の自動車を窃取して、その車高を低く改造するなどして乗り回し、さらに、友人から廃車にした自動車を譲り受け、原判示第二の窃盗の犯行にかかる他車のナンバープレートを取り付け、これを運転し原判示第三の無免許運転の犯行に及んだものである。右のような本件各犯行の態様や状況に徴すると、二度にわたる少年院における収容教育にもかかわらず、被告人の非行性は除去されなかつたばかりか、むしろさらに深化しており、法規範や社会規範を軽視する傾向が極めて顕著である。家庭裁判所が本件各犯行について刑事処分を相当として検察官に送致したのも、すでに半年後には成人に達する年齢であつて、右のような状況からもはや保護処分によつては被告人の犯罪的性向を矯正することは困難であり、刑事処分に付すことによつて、自らの行動に対する責任について強く自覚を促し、再犯を防止しようとの意図に出たものと思われ、これと同旨に解される原判断は十分首肯することができる。

叙上のような諸事情を考慮すると、被告人は、現在においては従前とは異なつた反省の態度を示しており、原判決後成人に達したばかりで、刑事裁判を受けるのはこれが初めてであること、原判示第一、第二の各被害品はそれぞれの被害者に仮還付されており、なお原判示第一の被害者に対しては、被告人の両親が修理費を弁償していること、その他家庭環境や、所論がるる述べる量刑上の見解を十分斟酌勘案してみても、被告人の罪責、犯情は軽視し難く、その刑の執行を猶予すべきものとは認められず、この際は刑務所に服役させ、自らの罪の償いをし、その上で再出発を図らせるのが相当であつて、原判決の懲役八月以上一年以下(未決勾留日数七〇日算入)の刑が重きに過ぎて不当であるとはいえない。

量刑不当の論旨も理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条に従い当審における未決勾留日数中四〇日を原判決の刑に算入し、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草場良八 裁判官 半谷恭一 裁判官 龍岡資晃)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例